若気の至り

517t03nmqyl__sl500_aa280_ すご〜く久しぶりに「ジーザス・クライスト・スーパースター」(映画版)を観た。実に四半世紀ぶりである。ブロードウェイで発表されたのが71年、映画も73年製作だから無理もないけれど、いま観ると、なんというか、まことにのどかな昔懐かしいロックである。シンセサイザーも16ビートだったりして(~_~;) 

 この作品には2つの意味で思い出がある。ひとつは学生英語演劇の舞台に裏方として参加したこと。メイク担当だったので、進行に合わせて役者さん達のお世話をするのだが、歌って踊れる人数は限られているから、群集とか兵士とか天使とかを早替わりさせるのがけっこう大変だった。さっきまで泥だらけで転げまわっていた人にサイケな衣装を着せて、金ぴかのメイクを施したり、死んだばかりのユダをプレスリー風にリメイクしたりね。もうひとつは、後年、実際にこの映画が撮影されたロケ現場を歩いたことである。映画の冒頭、若者たちを満載したおんぼろバスが砂漠をよたよた走ってくるシーンがあるが、まさにあれと殆ど変わらぬスタイルで、私メも死海だのネゲブだのガリラヤだの、つまり聖書ゆかりの地を回っていたのだ。しかも6月から7月という、最も暑い時期に!

そのよ〜なわけで、楽曲ならびに映像についてはかなり詳しく(秒単位で)アタマに叩き込んでいたつもりだったが、いま改めてみると、ずいぶん当時の意識からは洩れている部分がある。最も顕著なのが「歌詞」。考えてみれば、日本語訳をじっくり読むのは初めてなのだ。なにせコドモの頃から耳にタコができるほど聞かされたり読まされたりしてきた話、中途半端な英語でもべつに支障なかったんですね。しかし、歌詞としてしっかり「意訳」されているのを読むと、聖書というとんでもないベストセラーと格闘した先人たちの苦労が偲ばれる(~_~;)。中東問題にもビミョ〜に配慮してたりしてるのね。それにしても、チャールストンを踊るヘロデ王は、いつ見てもキュートだわん(^0_0^)

そういえば、「ジーザス〜」が公開されたころ、似たようなラインで「ゴッドスペル」という作品があった。現代のニューヨークを舞台にマタイ伝の物語が展開される話だったけれど、いまいちインパクトに欠けていたと見えて、少なくとも私たちの周囲ではあまり話題にならなかった気がする。あのよ〜な血腥い話を現代に置き換えたら、文字通りミもフタもなくなっちゃうのかもしれませんがね。

ところで件の学生演劇、よほど気合いが入っていたとみえて、なんとライブレコードが残っている。レコードというだけで、すでに年代が知れちゃいそうなものだが。さらに恐ろしいことに、ジャケットには私メが描いたポスターがそのまま使われているのである。レコード盤を回す機械がなくなって久しいので、それこそ何年も埃を被ったまま、他のレコードとともに積み重なっている。おそらくもうマトモな音は出ないでしょうね。出たとしても、再び聴きたいとは思いませんが。 それでなくても、劇団四季の「ジーザス〜」なんぞ、気恥ずかしくてお尻がムズムズしちゃう私メである。あ〜それなのに、ちゃっかりこんなモノに参加していたなんて、まったく何やってたんだかなあ……ま、若気の至りということで、そこはひとつ(~_~;)

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気のせい

Ph_03_2 いじましくも1日20分、おウチでスローランニング、もとい、足踏み運動を続けている。はっきり言って「楽勝」な運動である。そんなことなら、なぜもっと早く始めなかったのかと言われそうだが、一昨年あたりからずっと膝痛に悩まされていて、運動どころじゃなかったのである。それがこの春あたりからじょじょに緩和されてきて(理由は不明)、多少は動いてやろうかという気分になったらしい。

 ふつう関節の痛みは、軟骨の磨耗が原因といわれている。もちろん体重の問題もあろうが、デブだけが膝痛を訴えるわけではないし、スリムな美女でも腰痛に悩まれるようである。もっとも、痛みそのものは目に見えないので、結局のところ「なんだかよく分からない」というのが実情らしい。昨今では「飲む○○酸」とか「植物生まれの○○」みたいな、関節補強サプリもしきりと宣伝されているが、再生医療の泰斗によれば、あのような高分子を口から入れたところで、関節やら皮膚やらのトラブルに直接効く可能性は、ゼロとは言わないまでも限りなくゼロに近い%なのだそうな。たとえば、今日買い物に使ったのと同じコインが、めぐりめぐって再び手元に戻ってくるくらいの(~_~;)

「でも、あれ飲んでから具合がいいという話をよく聞きますよ」

と言ったら、即座に

「それは気のせいです」 と喝破された。

しかしながら、「気のせい」というのは実に偉大なもの。そう簡単にはその気になれないのが現実なのだから、なれるものなら○○酸でも何でも飲んでみるがよろしい、というのが泰斗のご意見である。確かに、人間、良くも悪くも気の持ちようでかなり体調が変わる。宗教がらみの病気治しもそれに近いと言えば近い。イワシの頭もなんとやら。かつて、原爆症のご老人に向かって、「病は気からと申しますから……」と言って物議をかもしちゃった首相もいましたけどね(@_@)

そのよ〜なわけで、何となく動けそうな気分の時に動いといたほうがよかろう、程度の意識で始めた運動だが、効果がないわけではない。外出時の歩の運びに変化が出てきたようだし、風船のような上腹部の張り具合に、わずかながら空気抜け感がある。もちろん、目にはさやかに見えませんが。

ところで、ランニングのお供にはBGMも必要不可欠である。乏しい選択肢ながら現在最も私メのリズムに合うのは、アリシア・キースのRemixアルバム。中でも“Karma(Reggaeton Mix-Spanglish)”がお気に入りだ。アルバム冒頭からこの曲を通過したあたりで調子が出てくるので、最後もこれで締めることにしている。時間的にもまことに都合がよい。いったん聴きはじめると、とことん飽きない私メのこと、当分はこの曲に合わせて四股を踏むことになるのであろう。まあ、いつかは違う曲にシフトする日がくるでしょうけどね。いや、それより先に運動にほうに飽きちゃうかな? それにしても濃いわ、アリシアって(~_~;)

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スローランニング!?

Pict0758 「その後、お指の具合はいかがですか?」と心配してくださる方もあるので、ご報告しておきます。

それなりの努力の成果があって、指先の逆剥けは改善傾向にあり、爪もそれなりの長さを保っております。甘皮の処理および基本トリートメントについては、1度プロの手を借りなければならないと思っておりますが、なにはともあれ、傷をなくしておくことが先決なので、現時点ではせっせと自己流マッサージを続行中。時節柄、湿気も多いので、なんとか酷い乾燥状態は免れておりますが、油断は禁物。

もう1つ、指についての悩みといえば、「むくみ」である。実はワタクシ、足がむくんで靴がキツイという経験はしたことがないのだが、手の指に関しては1日のうちで指輪のサイズが確実に2つくらいは変わる。これはおそらく、肥満のために末端にまで毛細血管が行き渡らないのが原因であろう(と、勝手に思っている)が、乾燥の原因も同様であるとすれば、いたずらに血行だけをよくしようとしても無理がある。ホースが短ければ水も届くまいて(~o~)

とかなんとか思いをめぐらしていたら、昨日、NHKの番組で「スローランニング」なる運動が紹介されていた。要するに、ゆ〜っくり走るということ。速度は関係なく、息も上がらず脚も痛くならない程度に20分くらい走る。ウォーキングとどこが違うのかといえば、意識の違いくらいとしか言いようがないが、これを続けていると、血圧血糖値コレステロール値尿酸値といった、モロモロの数値が改善されるだけでなく、なんと毛細血管の量が増えるというのである。おまけに前頭前野にもよい影響がもたらされ、判断力・決断力・記憶力がアップするのだとか。

そう言えば、その昔、「アタマを働かせたいと思ったら、トラック4周を30分かけて走ってこい」と言われたものだ。4周といえば約1.6kmである。かなりのスローペースだが、素直に続けていたら、アタマはともかく体重が劇的に減った。まあ、若かったせいもあると思いますが、まんざらガセでもなさそう。しっかし、現在のような体型でお外をスローランニングするのは、いくらなんでも気がひける。近所迷惑だし。

そのよ〜なわけで、当面はおウチの中でいじましく足踏みランニングをすることにした。歩いているのと大差ないスピードなので、地響きおよび床抜けの心配はまずないと思われるが、果たして効果は出るのであろうか? 一ヵ月後に期待したい。

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Hp13最初にお断りしておくが、左の写真は某通販サイトから借用したものである。私メの手ではありません。念のため。

私メはコドモの頃から深爪・指皮剥き・爪噛みの常習者であった。したがって指先が美しかったためしがない。何10年経ってもこの傾向は改善されず、現在に至っている。剥けては再生を何万回となく繰り返してきた指先の皮はかなり硬くタコ化しており、甘皮もごわごわである。いうまでもなく爪の形は非常に悪く、おまけに弱い。ついでに言えば、指もウィンナーソーセージの如く太い。唯一の救いは色が白いことであるが、それとてガサガサの指先をかばえるものではない。

しかしながら、昨今のネイルブームは予想以上に広がりを見せていて、最近では会う人の半数以上が爪先をキラキラさせている。似合うかどうかは別として、その努力は敬意を払うに十分値する。みんなホントにきれいよ。

こうなると、自分の手を晒すのがかなり苦痛になってくる。べつにキラキラさせる必要はないけれど、せめて指先の荒れくらいはナントカしたい。時間はかかっても、まずはタコ化の改善から取り組もうと思ったが、生来の不器用ゆえ、水仕事や掃除の際にあのゴム手袋というやつをするのが大嫌いである。仕方がないので、手洗いとクリームの塗布を頻繁に行うことにした。誰でもやってることじゃん、と言われそうであるが、その回数がちょっとハンパじゃないのである。で、この際、石鹸およびクリームを勿体ないと考えないことにする。それから、手首から先のマッサージをマメに行うこと。これは、PCの前で考えあぐねている時などに最適である。

そのよ〜な努力を続けて、約1週間。おかげさまで剥けていた皮膚の半分ほどは再生したが、まだ柔軟性を取り戻すには至っていないので、剥こうと思えば一瞬で剥ける。これがそう簡単には剥けないところまで「放置」しておくのが大変。巷には指先用のパックだのオイルポットだのイロイロなグッズがあるけれど、今のところはオーストラリア土産のLemon Myrtle Hand Creamが最も効くようである。STEAM CREAMも効果的。

一時、オイル入りのクリームは絶対ダメ!というネイリストの忠告に従い、かなり高価なハンドジェルを使っていたが、確かにいいことはいいけれど、お値段からして、そうガンガン使えるモノではないのである。私のような重症者にはやはり質より量なのであろう。

さて、ガサガサなのは指先だけではない。踵も酷いんである。そろそろサンダルのシーズンであるからして、こちらも早急になんとかしたいのだが、困ったことに軽石なんぞでは歯が立たない。で、これまた困ったことに、私メは靴下が大嫌いなのである。居住環境の関係もあって、真冬でもほとんど素足である。踵が潤うヒマがない。親指を回して血流を促すくらいがせいぜいである。

それにしても、あのよ〜にキラキラしたネイルを保つには、ふだんどれほどの努力が必要なものであろうか。粗忽な私メには想像もつかない。げんに今も、キーボードをひっぱたいていて爪先を欠いてしまった。やはり、美しい爪先は、私メとは縁遠いものなのかなあ……

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白犬

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その昔、おじさん達の間で、「裏の畑で啼いていたポチ」は果たして何犬だったのかという論争が繰り広げられたことがあった。言うまでもなく、「花咲か爺さん」で「ここ掘れワンワン」と啼いていた、あのポチである。日本昔話であるから、テリアやドーベルマンのわけはないし、まず土佐犬ということもあるまい。毛がふわふわしているとか、やたらデカイなんてこともないはずである。おおかた柴犬か紀州犬。そこで論点はその色、赤犬か白犬か、はたまた黒か…に絞られつつあった。

このよ〜な馬鹿げた論争はたいがい酒のサカナである。いったい何から犬の話に移ったのかは忘れてしまったけれど、マジメを装いつつ、いかに軽妙かついい加減に話をふくらませ、座を和ませてゆけるかがポイントなのであって、べつに赤でも白でも構うこたぁないのである。ところがこの時は、そんな場の空気を読めない、いわゆるKYな人物が紛れ込んでいた。某書店の担当者として出入りしていたヒガシ氏。風呂敷に数冊の本を包んでやってきたところ、運悪く酒席に引きずり込まれたのである。

思えばヒガシ氏は当時30歳になったかならないか。気の毒なほど痩せてひょろ長く、おじさん達のどぎつい冗談と、果てしなく引き延ばされる「お支払い」に怯えつつ、それでも週に1〜2度は顔を出していたものだ。重い洋書を運ぶ関係上たいてい車を運転してくるため、冗談には付き合っても酒に付き合うことはなかったが、この日はおそらく荷が軽く、そのまま直帰するつもりだったのであろう。

しかし、ふだんおとなしい人ほど、酒が入ると様相が変わるものである。片隅で気弱な微笑みを浮かべつつ、グラスを舐めていたヒガシ氏の目が据わるまでに、それほど時間はかからなかった。もっとも誰一人それに気づいてはいなかったのだが。赤か白か、いやひょっとしたら「狆」だったかもしれないぜ、でも狆だったら「ここ掘れ、キャンキャン」だろうなあ。そういえば戦争中は隠れて赤犬食ったもんだよね、最近のカンヅメだってあれ、何の肉かわかったもんじゃないぜ。そうそう、俺、アメリカに留学してたころ、スーパーで猫印のカンヅメよく買ってたんだよ。安かったからさあ。あれ猫の餌だったらしいけど、けっこう食えるもんだぜ……などと盛り上がっているさなか、ヒガシ氏はすくっと立ち上がって一言、こう叫んだのである。

「古来、日本に白犬はいないっ!」

この発言によって座がどのようにしらけ、ヒガシ氏がどうなったかはまったく記憶にないのだが、おそらくそこで「ポチ論争」は一気に遮断されてしまったと思われる。おじさん達は一瞬にして毒気を抜かれ、たぶん、照れ隠しに小難しい論文の話かなんか始めたのではないだろうか。もっとも、当のヒガシ氏がその空気を読み取っていたかどうかは不明だが……

さて、実際にポチが何犬だったかは知らないけれど、戦前、講談社から出版されていた絵本には、堂々たる白犬が描かれている。見るからにソフトバンクの「お父さん犬」そっくり。また現在発行されている絵本をいくつか参照したところ、多くが白犬である。白いほうが茶色より優しげで大人しい印象を与えるからだろうか? この点から考えても、ヒガシ氏の説は誤りなのだが、いったい彼は何を根拠にそのよ〜な発言をぶちかましたものだろうか。いまとなっては確かめようもない。もうお目にかからなくなって久しいが、お元気かしらん?

ところで、疑問が1つ。この物語の中で、正直爺さんは都合3回、大判小判をゲットしている。すなわち…

1)裏の畑でポチが啼くので掘ったとき

2)ポチの墓に植えた松の木で作った臼で餅をついたとき

3)臼を焼いた灰で枯れ木に花を咲かせたら、殿様がご褒美をくれた

これほど大量のお宝を、爺さんはいったいどう使ったのであろうか? これについて私メの知る限り、物語ではまったく言及がなされていない。だって、かなり大量のお宝ですよ。保管場所にも困るだろうに……って、要らぬお世話ですが(^_^;)

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古井戸

Images_2 忌野清志郎氏が亡くなった。享年58。まだ若いのになあ…という思いと、すでにそれほどの年齢になっておられたのかという思いの両方がある。だって、あの70年代のフォーク全盛期から活躍していた人だものね。 で、清志郎とくれば、当然のことながら思い出すのが「古井戸」である。その昔、いわゆるフォークの人気どころが集結する、エレックというレーベルがあった。それ以前にもURCというインディーズレーベルがあって、「はっぴいえんど」とか「友部正人」みたいな、フォークロックというよりは現代詩人といった趣の連中が集まっており、個人的にはそっちのほうが好みなのでエレック系はほとんど手にしなかったのだけれど、「古井戸」はちょっと別格で、「ポスターカラー」とか「千鳥足」といった曲を好んで聴いていたものだ。実はかなりセンチなオトメだったのですねぇ(~o~)

古井戸は、加奈崎芳太郎と仲井戸麗市によるデュオグループ。ちょっと演歌っぽい加奈崎のシャウトと仲井戸(CHABO)の鋭く力強いスチールギターが印象的だった。確か2人ともギブソンを使っていたのではないかな。繊細で柔らかなマーチンのギターに対し、ギブソンはドスの効いた音色で、中でも、赤や黒の地に華麗な鳥の絵が描かれた「ハミングバード」は、フォーク好き青少年のちょっとした憧れだったものである。

若い頃のCHABOはものすご〜く可愛くて、女の子にもたいそう人気があったのだけれど、当の本人はきわめて硬派なブルースギタリストであったから、フォークブームにもアイドル人気にも興味がなかったらしい。古井戸解散後は、かねてよりの盟友・忌野清志郎に合流して、RCサクセションのギタリストになった。最初の頃は、「へ〜、あのCHABOがねえ」と、なんとなく痛々しくなるようなショーアップぶりだったけれど、それも年々板についてきて、最近じゃもう、ちょっと近寄るのが恐いほど尖ったロッカーぶり。そんなCHABOが清志郎の棺に寄り添う姿を見て、粛然とした思いにとらわれたのは私メだけではないだろう。私メはとくに清志郎のファンではないけれど、ロッカーとしてのぶれない姿勢が大好きだっただけに、ギター小僧として彼と共闘してきたCHABOの今後がちょっと気になってしまうのである。

それにしても懐かしいなあ、古井戸…いま、加奈崎芳太郎はいったいどうしているのだろう。風の噂では長野あたりで活動しているらしいが、もう1度、あの泣き節を聴いてみたい。もちろん、YouTubeなんかじゃなく、リアルタイムでね。

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クレジオ

Images 初めて足を踏み入れた町では、必ず書店に寄って何か1冊買うことにしている。内容は別になんでもいい、というより、その場所で買う必要はまったくない本ばかりだけれど、後から「そういえば、○○の駅前で△△を買ったなあ」と思い出すと、なんとなくいい…くらいなものである。

 本当は、古本屋だか新本屋だかわからないような、町なかの小さな書店のほうがよいのだけれど、先日訪れた姫路の駅前は、姫路城に向かって大通りがど〜ぉんと通っていて、「者ども、即刻登城いたせ!」みたいなオーラが漂っていたせいか脇道に入り込む余地がなく、結局、電車の待ち時間に駅ビル内のJ堂に入ってみたら、ここがまた例によって巨大かつ膨大な在庫。約20分で何か探せったって……

 そんな時、ひょいっと目に飛び込んできたのが、ル・クレジオの『大洪水』(河出文庫)である。ル・クレジオといえば、たしか昨年あたりノーベル文学賞を受賞した「ザ・文学者」で、神話的かつ文明批判的スタンスの作品および研究が高く評価されている。ところがデビューから初期の頃ときたら、ほとんど言語の実験ともいうべき作品ばかりで、何がなんだかハッキリ言って全然わからない。要するにあらゆるイメージの言語化みたいなもの。で、小生意気な青少年たちは、そのよ〜なワケのわからないモノにまんまと嵌められちゃうのである(~o~)

 私メもご他聞にもれず、『調書』『発熱』『大洪水』の3部作を買い揃え、本棚に安置したものだが(高かったのに!)、読み通したとはお世辞にも言えず、後年クレジオが作風を変化させていくに従って興味を失っていった。それがいま、なんと「文庫」になって書店に平積みされているのである。考えてみれば、もともと河出が出していた本なのだから、ノーベル賞ついでに文庫化されてもまあ不思議はないのだけれど、クレジオの初期の作品が文庫になるというのは、どうも非現実的な感じがする。韓国のおバカな恋愛コメディー映画で、イ・ビョンホンの口からいきなり「インゲボルク・バッハマン」が登場してきた時と同じような衝撃度(?)だ。

 ともあれ、時間も迫ってきたことだし即時購入を決定したわけですが、やはりというか当然のことながら、クレジオ先生、どうやら大人になってもわからないお方のようである。日本語には漢字という視覚的文字があるから、まだいいようなものの、このよ〜な難解きわまりない言語をアルファベットの羅列から翻訳した人がいらっしゃるということからして、とんでもなく驚異である。それでもぱらぱらとめくっていくうち、「ああ、そういえばコドモの頃、このての表現を好んで真似していたなあ」とか「あの作家はここをパクっていたのだなあ」などとすっかり感慨にふけってしまった。

 そのよ〜なわけで今後、私メのアタマの中では「姫路≠クレジオ=やっぱり難解」という方程式が定着しそうである。もっとも、これを契機にクレジオを読み返してみようなんて気はトンと起こりませんけどね(^_^;)

 

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らんらん♪

00028947774495_50_2 あっという間に桜も散り、もはや夏のような陽気である。ここ数年、なんか季節が前倒しになっているような気がしてならないのは、私メだけか? この調子でいくと、5月には梅雨に入り、盛夏は6月、で、8月はもう秋。まんま旧暦である。べつに、それならそれでいいんですが。

 さて、昨年、遅ればせながらiPodを購入して以来、私メの音楽環境は劇的に変化した。好きな時に好きな音楽を聴くことができるって、なんて素晴らしいのであろう! バカな話であるが、iPodを手に入れるまで、私メは、iTuneはPOP系の音楽しかないのだろうと思い込んでいたのだが、何のことはない、クラシック音源も実に豊富。だから私メのiPodには、R&Bとクラシックが同居している。シャッフルにしておくと、バッハの次にジェニファー・ハドソンが出てきたりして、すご〜く妙なので、もう1つ買おうかなと思っているところですが(~o~)

 クラシックと言えば、つい最近、NHKでラン・ランの演奏するラフマニノフを聴いた。19歳頃の演奏で、実に元気がよく、日頃「なんだかな〜」と思っているN響まで張り切っているような気がした。指揮のデュトワが一番エキサイトしていたようだけど……それで、ふと思い立ってiTune Storeを覗いてみたら、ゲルギエフ指揮のマリンスキー交響楽団と共演したアルバムがトップセールスだったので、即購入。これがいいんだわ、むちゃくちゃエモーショナルで 

 私メにとって、音楽は鎮静ではなく昂揚である。心を鎮めたければ、寝ちゃえばいい。何かあるとすぐ寝ちゃうというのも困りものですが(^_^;) で、精神を昂揚させるにはどうも、クラシック音楽のほうが合うらしい。R&Bのほうは、どっちかというとカラダを動かすのに向いてるみたいですね。そのよ〜なわけで、怠け心に喝を入れるには、なんたって激しいクラシックである。まあ、言ってみれば分かり易い音楽。ドイツ3大Bとか、ロシアのロマン派とかね。モーツァルトはなぜか眠くなっちゃうのでダメですが。

 ラン・ラン(Lang Lang)は中国出身の若手ピアニストで、今や世界的大スターである。北京五輪の開会式でも何か弾いてたな。演奏している姿はあまりに感情過多で、見てるのが辛い、というか痛い部分もありますが、音は掛け値なしに素晴らしい。彼の演奏を聴いていると、つくづく中国とヨーロッパは地続きなんだなあと思う。海峡ひとつ隔てただけなのに、日本人にはどうひっくり返っても、あのよ〜な大陸的な感情表現は生まれないような気がする。というか、クドさの質が違うのですね。私メはちょっとだけ長唄を齧った経験があるけれど、あれだって、実際かなり激しい音楽ではあるのだ。ただ、その激しさが外側に向かわないだけで。

 そのよ〜なわけで、いまiPodに入っているラン・ランのアルバムは、件のラフマニノフのほかベートーベンとショパンのピアノ協奏曲など。そう言えば、ラン・ランはまだブラームスを出していないんじゃないかな。いつぞや、アンドレ・ワッツが一晩でピアノ協奏曲1番と2番を演奏したことがあって、その体力に驚いたものだけれど、ラン君だったら、そんなの軽いんじゃないだろうか。ぜひやってほしい! N響でもいいから…(^_^;)

 

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イチローのバッグ

Images 遅ればせながらWBCである。よかったよね~優勝できて。アメリカ戦なんてホンマにハラハラし通しでしたが(^_^;)

ウチにいる限り、全試合、中継からスポーツニュースまで、選手の談話やらなにやらもばっちり視聴していたのであるが、一連の映像で何が印象に残ったかと言えば、試合でもインタビューでもない。移動時にイチローがさり気に肩に引っ掛けていたバッグである。黒または茶のトート。これがものすごく素敵で、も~しっかり釘付け。バッグ見たさにスポーツニュースをあれこれハシゴするありさま。ちょうど皮革のトートが欲しいと思っていたところだったので、ツボにはまったらしい。

「いいねえ、いいねえ、ああいうのいいねえ、欲しいねえ、また映らないかねえ~」

と、お念仏のように連発して家族にうるさがられていた。

とはいえ、そこは世界のイチローである。それでなくても目立つ場面で、そうそうお手軽なモノを持っているはずはない。見たところ素材はクロコであるからして、そりゃあそれなりのお値段のものであろうと思っていたら、な、な、なんと…

黒はシャネルで600ウン10万円、茶はボッテガ・ヴェネタで300ウン10万円(@_@)(゜o゜)(@_@)(゜o゜)

という、驚愕の事実を知ってしまった。そりゃまあ、宝石の如きお値段のバッグは珍しくないけれど、それにしたって……。

バッグ2つで1千万……このよ~な値段を聞いてしまうと、昨日さんざん迷った挙句、買わずに帰ってきたHIROFUの4万円台なんて、も~屁みたいなもんである。「買えっ!」という天の声が耳の中で反響しているようだ。その昔、10億単位の借金で首が回らなくなっていた人に豪華中華料理を御馳走になったことがあるが、その人によれば、あまりに負債額が大きいと、10万や20万くらいど~ってことなくなるんだそうである。それと比べちゃ悪いけれど、案外このような出費が開運につながるかもしれない。ひとつ、買うか? この報告はまた後日!

 

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酒量

Simizukk 花見のシーズンである。上野公園みたいなところはお断りだが、夕暮れ時、はらはらと散る桜を眺めながら美味しい冷酒をいただくなんてぇのは実にいい。私メはどういうわけか燗酒があまり好きではないのだ……こういうと、いかにも飲めそうだけれど、とくに酒が好きというわけではない。というか自発的にはぜんぜん飲まない。しかし、飲めないわけではないので、お誘いを受ければほいほい出かけていく。で、それなりに楽しく杯を傾ける。酒の味もたぶんわかるほうなんじゃないかと思う。

 ところが困ったことに、自分の酒量がどれくらいか、それがよくわからないのだ。その昔、放っておけば一日中飲んだくれている「センセイ方」を相手にしていたせいか、長時間の酒席につきあうことは自信があるのだけれど、連中と同じように酔っ払っていたわけじゃないので、実際自分がどれくらい飲んでたのか見当つかないのだ。酔い潰れたオジサン達をタクシーから放り出したことは数知れないが、自分が正体をなくした経験はない。

 ガイドライン(?)があるとすれば、いったん赤くなった顔が醒めるまで飲んでいられるかどうかであろう。赤いうちに眠くなるとかアタマが痛くなったときは、その時点でアウト。しかし、いったん醒めちゃったら、ずるずるとイケてしまうらしい。でも結果的に、量は大したことないんだろうなあ。舐めてるだけなんじゃないかという気もする。飲み比べしたわけじゃないけど。

 そのようなわけで、アルコールによる肝臓疾患が自分にあるとは思えないのだけれど、このたび血液検査で「要指導」数値が出てしまった。超肥満のわりに、コレステロールや中性脂肪、動脈硬化に血糖値といったお馴染みの項目は安全圏。血圧も低いとは言わないけれど、まあまあの範囲内。ああそれなのに、なぜかALT 、ALP、 γGTPが高いんである。もっともウチでは、下戸の妹も同様の項目で引っかかっている。謎だ。「お酒好きなんですね」と日大病院の若僧に聞かれたので、「いえ、ぜんぜん飲めないんです」と答えたら、「またまたぁ〜」と一笑に付され、さらに「こんど合コンしましょ〜よ」と言われたんだそうな。う〜む……(-_-)

 ひょっとしたらウチの家族は遺伝的に慢性肝炎の傾向があるのかもしれない。そう言われれば思い至るフシもある。しかし私メの場合は、肝炎より脂肪肝の危険性のほうが高いそうで、4月早々に超音波検査を受けることになった。これを機に生涯最後(?)のダイエットに取り組むのもよいだろう。

……と、ここまで書いてふと思い出した! そういえば検査の前々日の週末、久しぶりにモツ焼き屋で飲み食いしたのだったわ。それで数値が上がったに違いない。こうなったら、もう少し恒常的に飲むようにしようかしらん。だって、酒も飲まないのに脂肪肝なんて、悔しいではないか。適度のアルコールなら脂肪も燃焼するかも……なんてぇことはないか(~_~;)

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