目洗い

Image_2松がとれたとはいえ、最近では「成人の日」が妙な位置にずれているので、実質的には10日過ぎまで正月気分が抜けない。盆も暮も正月もあまり関係なく暇な私メにとってはど〜でもいいことだが、堅気の勤め人の皆さんは、生活リズムの立て直しに苦労されるのではないだろうか。要らぬ心配かもしれませんが。

 しかし、暇だ暇だとも言っていられないのが浮世のつらさである。あまり暇だと本当に勤労意欲が失せてしまうので、無理にでも仕事を作り出さなければならない。2011年は大殺界のドン底ということもあり、すべてのことが停滞していたが、(こう言うと、「そんなもん信じてるの?」と聞かれるが、12年周期でコトが回るという考え方はわりと当たっている)、2012年は年明けからちょっと動きがあるので、なんとか底は打ったか?という気もしないでもないのである。

 もちろん私メはもう若くない。さりとて老いてもいない(…と思う)ので、まだ2回くらいは大殺界に見舞われるだろうと思う。このよ〜な時ココロの支えになるのは、やはり先達のお言葉である。年寄どもに囲まれて育ち、超元気なのから恍惚の人(古いなあ)までイロイロとお付き合いしているけれど、おしなべて何らかの仕事をもっている人はお元気である。それがたとえ猫の額ほどの畑であっても大企業であっても。

 年頭にあたり、私自身がお目にかかったお年寄りの中でも最もチャーミングであった方の「元気の秘訣」を紹介したい。数年前に逝去された、ハリウッド化粧品の総帥・メイ牛山氏。お会いした時はもうほとんど最晩年であったが、粋な縞のお召し物にど派手なメガネと指輪、真紅のネイルで、立て板に水のごとく喋りまくるパワーに圧倒された。おそらく最後の最後までそのパワーを全開に保ち、思い残すことなくあっさりと旅立たれたのであろう。

  メイ牛山氏によれば、元気の秘訣は、「早起きをして、朝日に向かって深呼吸し、何度か四股を踏む」ことだそうである。そして一日数回「目を洗う」こと。「ホウ酸水で洗うんですか?」と聞いたら、「いえいえ、水道の水でたくさん!」とのお答えであった。この目洗いは実に効果的で、氏には白内障の治療も必要なかったとか。「女性はいつも楽しく美しく」をモットーに、明治大正昭和平成を生き抜かれた氏であったが、メイクよりもお洒落よりも、その目ヂカラこそが最大の魅力であったように思われる。

  健康によいことについては殆ど消極的であるものの、氏に少しでもあやかるべく、今年は四股と目洗いを習慣にしたいと考えている。四股については、あまりにぴったりの体型なのでシャレにならないけれどね(爆)。しかし、目ヂカラの回復は必要不可欠であろう。なんたって水道水でよいのだ。それでなくても目が汚れそうなモノばかり見せられるご時世。「顔を洗って出直し」 ならぬ「目を洗って出直し」 これくらい、シンプルかつ気合の入りそうな習慣はないであろう。ぜひ日常生活に取り入れて、大殺界最後の年を無事に乗り切りたいものである。

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謹賀新年

 

新年 明けましておめでとうございます。

皆さま、よいお正月をお迎えのことと存じます。

今年こそ、少しでも龍にあやかって

上昇の気運に乗り遅れないよう努力したいと思います。

何卒よろしく お願い申し上げます。

Kinryu2

平成24年 壬辰

元旦

 

 

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自己満足

201110180956000


うかうかしているうちに半年以上も経ってしまった。この間何があったというわけでもないのだけれど、細木数子氏的には今年は大殺界の底(つまり12年のうちで最も運気が悪い年)らしいので、パワーも出ないのであろう。そういわれてみれば、確かに今年はあまりいいことがない、というか、あらゆることが停滞している感はある。でもまあ、それも自分の怠け心からであると言ってしまえばそれまでだし、ある人によれば、細木方式で計算すると、人生の75%の時間が「凶」であるらしいので、まあ、要するにやる気の出ない年であったのだと言い訳するしかない。

 ともあれ、震災やら超円高やら欧州の金融破綻やら中東の民主化運動やらタイの大洪水やら、おまけに福島のプチ(?)臨界やらと、ろくなことのない1年である。世間がこれだけ揺れているのだから、私1人が無事であるはずはない。ここは大人しくカメのように首をすくめて運気の回復を待つしかない……といいつつ、相変わらず怠けている毎日ではあるが、実はこの秋から一念発起して、再び韓国語の勉強を始めた。始めたと言ったって、この年になってまさかコミュニケーションツールを身に着けようというわけではない。もとより私メは韓ドラにもKpopにも興味がないし、最近では映画も殆ど観ない。ただ、ウチに山積みされているポジャギ関連の書籍をなんとか読めるようになりたいというくらいである。しかし、それだけの理由だったら、たぶん私メの重い腰は上がらなかったであろう。何事もスタート時のエンジンが最も重要なのだ。

 実を言うと、そのエンジンとなったのは他でもない「怒り」である。怒りといってもいろいろあろうが、平ったく言えば「人を舐めるのもいい加減にしろ」といった類の怒りである。誰に対して何を怒っているのかについては、差し障りがあるので、ここでは言えない。それに、おそらくその発火も単発的な理由によるものではなく、これまでの小さな「舐めんじゃねえ!」が積り積もって「臨界」を迎えたのだろうと思われるからである。放っておけばどうなるかわからないエネルギーであるから、何かに振り向けなければ危ない。そこで申し訳ないことながら、韓国語学習にその役を担ってもらったというわけである。

 おかげさまで学習はかなり順調に進んでいる。もとより独学であるから、自己満足以外の何ものでもないが、怒りの矛先をうまい具合にシフトできたことについては、かなりイイ線いっていると思う。この調子で怒り続ければ、来年の今頃は中級テキストくらいは制覇しているであろう。あくまでも希望的観測ですが……

  それにしても、単語って覚えられないもんですねえ。飛行機代の払い戻しで購入した電子辞書の電池があっという間になくなってしまったくらい、同じ単語のヘビーローテーション。しかもそろそろ老眼が始まっているのか、ㅓ ㅏ ㅖ ㅖあたりの線がブレちゃったりする。次なる散財は老眼鏡であろうか。そろそろ歯も危なくなってきているし、片側顔面痙攣は相変わらずだし、血圧は上がるし、老人どもはいよいよボケていてるし……有難いことに怒りのネタは尽きないので、学習意欲は当面衰えそうにないのである。

우습게 보는 게 아냐 !

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千里の道

Gomi_07 現在、ウチを構成している物質の8〜9割は「ゴミ」であると言っても過言ではない。その大半は私が溜め込んだものではないが、処理にあたるのは私だけである。きれいさっぱり処理していいのであれば、これほど簡単な話はない。しかしながら、1つ捨てるにあたってもいちいちご機嫌を伺わなければならないので大変なのである。さらに、諸般の事由により私メは相当額の借金を背負ってボロボロの物置を所有しなければならない身の上にあり、そこに詰め込まれた不要物がまたエライ数なのである。まさに「傷だらけの人生」ならぬ「ゴミだらけの人生」。これらを全面的に撤去するまで、果たして私メの寿命がもつかどうか……

 とはいえ、ぶっつわって嘆いていても埒が明かないので、手をつけられるところからつけるしかあるまい。千里の道も一歩から……ということで、まずは巨大スライド式本棚にン10年かかって詰め込まれたボロ書籍の類から処理し始めることとした。言うまでもなくその殆どは私メのものではないので、本音を言えば書棚ごとうっちゃってしまいたいのであるが、この書棚を解体撤去するにあたっては、おそらく10万単位の費用がかかると推測されるため、中身を少しだけでもカネにしておこう……などとツマラぬことを考えたのである。現時点でようやく3分の1ほどを処分したが、二束三文にも程遠い金額。持ち出しにはならないまでも、労力を考えればマイナス以下である。

 次は家電およびOA機器である。ここ数年でウチから排出されたテレビの台数は、ざっと数えても5〜6台はある。それにもかかわらず、現在においてもなお、ケーブルテレビのチューナーでアナログ機をデジタル化している始末。いったいなぜ、そのよ〜なことになったのであろうか? 謎は深まるばかりである。今回処理すべきテレビ受像器は2台。それに加えてウチには、過去四半世紀にわたり私メが使用してきたワープロ4台(ラップトップ、およびデスクトップ)、ノートPC5台、FAX電話機1台、ラジカセ2台、扇風機1台、電気ポット1台……これらをマトモに処理しようとすればかなりの費用がかかるはずだが、さすがに天も哀れと思召したらしい。某新聞配送センターの特別企画「小型家電どれだけ出してもポッキリ3000円!」という夢のようなサービスのおかげで、見事に一掃することができた。本当は超重量級のヒーターとコピー機もどうにかしたかったのだが、さすがにポッキリ3000円の範囲に入らず、涙をのむことに……それでも積年の澱を少しは流せた気分。アカ新聞だの、何が天の声だよ、などと日頃悪口ばかり言っている○日新聞に感謝!である。

 さあ、今度は衣類だ!と息巻いているが、被災地で多くの方が衣類不足に悩まれているこの時期、古着とはいえ大量に処分するのは気がひける。姑息ではあるがボチボチと小出しに……などと思っていた矢先、友人から怒りの電話が入った。なんでも震災直後、壊滅的な被害に見舞われた某市の知り合いから、「とにかく何もない。何でもいいから送って!」と頼まれ、段ボール数箱分の支援物資を送ったそうである。まだ寒い時期だったので、衣類も見繕って何種類か送った。新品ではないにしても、ほぼそれに近いものばかりだったそうである。ところが数日後、そのうちのいくつかが送り返されてきたのだそうだ。しかも「着払い」で。

 避難所などに膨大な量の支援物資が届いて収拾がつかないという話はよく聞くけれど、個人宛ての心づくしが着払いで送り返されてきたという話は、あまり聞かない。どこかに行き違いがあったのかもしれないし、要らないから返してきただけなのかもしれないが、それにしても着払いとはねえ……被災者支援の難しさを、つくづく思い知らされた気分である。差し上げるのも捨てるのも難しい衣類。まあ、そんなもの買い込むほうが悪いと言われてしまえば、それまでなんですが(~o~)

 

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ロボット

Image あまりに長い間更新していなかったので、もう忘れられてしまったかもしれませんが、更新しようと思っていた矢先に震災があり、被災者でもないのにすっかり落ち込んでしまったため、このような時期になってしまいました。何があろうと容赦なく時は経ち、今日から4月。そろそろなんとかせねば……

 地震と津波は天災であるから、このたびの原発事故の責任をすべて東電に押し付けようなんて気はさらさらない。劣悪な環境の中、事態の収拾に向けて不眠不休の努力を続けておられる方々すべてには、心からお礼を申し上げたいし、個人的にはこの先も原発を維持すべきだと思っている。というより、もう原発なしではこの国の電力をまかなうことはできないであろうから、ここは腹を据えて一から安全性を作り直していくしかないんである。さんざっぱら現代文明を享受しておいて、「もう原発は要らない」などと嘯くのは無責任というものである。それこそ放射能被害を受けたすべての方に申し訳ない。

 それにしても、日本はロボット技術については世界一、二を争うはずであったのに、このたびの事故で一向にその技術が発揮されていないことについて、疑問をもたれた方も多いのではないだろうか。いったん事故が起きれば、放射性物質の数値が上がることは想定できていたはずである。そのよ〜な場合に備えて、せめて測定装置だけでもえっちらおっちら運んで行けるロボットくらい用意されていたっていいものだ……というのは、シロウト考えであろうか? エジプトの遺跡の中まで潜っていくカメラが存在するご時世だ。「村田製作くん」にカメラを背負わせて原子炉付近を撮影してもらうとか。ルンバみたいなお掃除ロボットに現場の土壌や水を採取させて、その場で測定させるとか……「アンタが考えることくらい、とっくに考えてるよッ!」と言われそうであるが、そのわりに海外から提供されるらしい機器の類は、シロウト目にもかなりベーシックなもののように見受けられる。

 その昔読んだ近未来小説に、人体から脳を取り出し、ボディだけ原発事故現場に送って遠隔操作しながら処理を行わせるという話があった。この話の眼目は脳と心の関係であって、原発事故は舞台装置に過ぎないのだけれど、30年以上も前からそれくらいのことは考えられていたのだから、東電にも村田製作くんの1人や2人いたって不思議ではない。医学界ではすでに、数100キロ離れた場所でも遠隔操作によって手術できる機器が開発されている。理論的には宇宙ステーションと地球の病院の間でも手術ができるという。

 おそらくもっとも大きな問題は、そのよ〜なロボットが必要とされるであろう危機を、東電がまるっきり予測していなかったらしい……ということだろう。要するに、ロボットの存在なんて最初っから無視されていたというわけね。この期に及んで誰を追及しても無意味ではあるが、廃炉を完了するにも5〜6年はかかるというなら、日本の科学技術業界がまず行うべきは、冷却プールに飛び込んでもOKなくらいのロボットを開発することである……っていうか、その程度のものなら、研究所レベルではもう存在しているんじゃないだろうか。すぐれた研究開発が実用化されない現状は、あらゆる意味で日本の産業界を閉塞させているけれど、願わくば「使えるもの(もちろん人材も)は何でも使う」精神で、この国難を乗り切ってもらいたいものだと思う。

 ところで件の近未来小説では、本人の知らぬ間にこっそり脳が「コピー」されていて、わずかなタイムラグから、まったく別の人格が生じていたというオチがある。スイッチ一つで、元人格と新人格が入れ替わってしまうのだ。しかも、それぞれの人格がともに主人格でありたいと主張するものだから、どちらを尊重するかは第三者に委ねるしかなくなってしまう。「私はどこにいるのだ!」と、主人公は叫ぶのであるが……いま、いったい東電の主人公はどこにいるのだろう。謎だ。

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反省の弁

Image 今さら言うのもおこがましいが、今年は少し真面目にスキンケアをしたいと思っている。なにしろこの年になるまで「洗顔」だけで何もやっていなかったのだ。もちろん、それなりにお化粧はするけれど、洗っちゃえばあとはそれっきりで、いわゆる一連のスキンケア、つまり、化粧水・乳液・クリーム・美容液・パック等々の商品を系統だてて使うということはなかった。別にポリシーがあったわけでもなんでもなく、単なるモノグサである。もっとも私メは面の皮が相当厚いらしく、いわゆる化粧負けというものには殆ど遭遇しないし、正直なところ、これまであまり乾燥に悩んだという記憶もない。単に鈍いだけということもありますが(^_^;)

 しかし昨夏、数年ぶりに会った同級生の皮膚が妙にどす黒かったのに衝撃を受けた。もともとお餅のような色白ぽっちゃりタイプであったものが、全体的に「こんにゃく」のようなネズミ色に変色していたのだ。だからと言って彼女が身なりを構っていないわけではない。きちんとした外出スタイルで、化粧もヘアスタイルもそれなりに決まっている。したがってその変色は、彼女にとって不可抗力の部分なのであろうが、それにしてもどす黒い……

 彼女と私メは同級生なのであるから、当然のことながら私メのお肌もそのよ〜な変色をきたしているはずである。程度の差はあれ……その後も何度か同じような状況に遭遇し、あまりのどす黒さにがっくりくることが続いた。こうなると自分だけでは判断がつきかねるので、過日友人に便乗して某化粧品メーカーの「お肌チェック」を受けてみたところ、「今のところさしたる問題はありませんが、やはり乾燥と紫外線には要注意」とのことであった。

 餅とは言わぬまでも、私メはどちらかというと色の白いほうである。若い頃はともかく、ここ数年、戸外での作業を必要とする職業には従事しておらず、アウトドアスポーツ、ガーデニングの類も一切行わない。しかし諸般の事情により、壮絶に西日のあたる位置に仕事場があり、室内であってもかなりの紫外線を浴びているため、顔の両端(つまり陽のあたる部位)にかなりシミがある。こういうのを放っておくと、どんどん酷くなるらしいので、ウチの中でもUVケアは必要らしい。あ〜めんどくさい! しかし、同じこんにゃくでも、どす黒いより白いほうにとどめておきたいので、今さらではあるが、少しスキンケアに気を使わねばと反省した次第。

 ……と、ここまで書いて思いついたのだが、手荒れのひどい私メは、お顔のクリームは買わずとも、お手々のクリームにはかなり浪費を重ねていたのであった! つまりこれは、しょっちゅう目にしている手先のほうが、目にみえない顔よりも気になるからである。言うまでもなく、鏡で自分の顔を見る時間より、作業中の我が手先を眺めている時間のほうが圧倒的に長い。鏡を見ることが美容の第一歩ということから考えれば、顔より手のほうが気になるのは当然である。

 というわけで、このところ強制的に鏡を覗く時間を設けてはいるのであるが、そのたびに思うのが、シミよりシワよりタルミより「私の顔って毛深いなあ」ということなんですね。ヒゲおよび眉毛がすごく濃いんですわ(^_^;) イモトアヤコに近かれども遠からじ……である。ヒゲなんか剃り跡が青々とするくらいである。ついでに言うと鼻毛も濃いが、最近ではそのへんにも白髪が混じるようになった。鼻の孔から飛び出す白髪! これはかなり衝撃度が高い。

 しっかし、世の中にこれほど化粧品の広告が溢れているのに、一向にこんにゃくが減らないばかりか増殖しているのは何故なのであろうか? それとも化粧品の数とこんにゃくの数は比例するのであろうか? 自分を棚に上げて(というか天袋に押し込んで)言うのもナンであるが、実際のところ、かけたお金のぶんだけ効果を得ているとはとても思えない例が多すぎるんである。このような場合、おそらく問題はどこか他のところにあるに違いない。とはいえ、それはあくまでも他人様の問題。私自身はとりあえず、今までやっていなかったことをやってみるしかないんである。それもなるべくお金をかけない方向で……無理かな(?_?)

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偏屈

Image_2  あっという間に七草。本当に時間の経つのは速い。ウチでぼ〜っとしているだけで、飛ぶように時間が過ぎていく。なんでも我々は、刺激が少ないと時間が速く感じられるらしい。つまり刺激に満ちた毎日をおくっている人のほうが長い24時間を過ごしているというわけだ。科学的にもそれは正しくて、アインシュタインによると、光速で移動すれば時間が止まるそうである。したがって光速とはいわないまでも、限りなくそれに近い速度で移動できるロケットが開発されれば、「1光年」も1年より短い時間で到達できるのだ。おそらく宇宙遊覧ツアーが実現するのも、そう遠い話ではないであろう。まあ、それまで生きてはいないだろうけど。

 寿命といえば、元旦の新聞に高峰秀子氏の訃報があった。享年86歳。よくも悪くも偏屈を貫き通した後半生である。見事というよりほかない。しかもこの偏屈、なぜか私メにもよく似た部分があるので、けっこうシンパシーを感じちゃったりするのである。人間、ある程度の年齢になったら、自分の偏屈を認めてやってもいいのかもしれない。

 とはいえ、これはあくまでも気分的な問題なので、声高に表明するわけでもないし、実生活に大きな変化が生じるわけでもない。それでも、考え方ひとつでかなりストレスが軽減されることは確かである。これも一種の「断捨離」か? そうだとすれば、高峰秀子さまさまである。偶然とはいえ、彼女の最晩年に意識を向けられたのも何かのご縁かもしれない。そのよ〜なわけで、今年のスタートは例年になく清々しい気分である。

2011年もスローペースの更新になると思いますが、何卒よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。

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身辺整理

101217_campaign3 身辺をすっきり整理したいという願望は、年末でなくても常にある。で、願望が大きければ大きいほど、実現は限りなく遠い。おそらくそれが可能になる頃には、コッチの寿命が尽きているのではないかと思われるほどである。いざとなったら全てばっさり断捨離できるよう、必要最低限のものだけを移動できるような「ハコ」を用意しておかねばならない……というのが、当面の私メの課題なのであるが、それにしたって必要なものだけを分別するには要らぬものを捨てなければならないことに変わりはないので、結局のところ元の木阿弥なのである。嗚呼(T_T)

 しかしながら、実現可能は別としても「理想」は高く掲げたいものである。部屋の広さと収納は、あればありしたがい…というのが亡き曾祖母の口癖であったが、それならいっそ、真っ白なハコのような部屋に入れ子方式でハコを積めばいい。いま私メの頭を占めているのは、そのよ~なハコの組み合わせである。かつて仕事でお世話になったあるデザイナーの事務所がまさにそうであった。長方形のスペースを白い壁とガラスだけで仕切り、その一角に同形のボックスが整然と並ぶ「資料庫」があった。余計なモノは一切置いていなかったが、ミーティングルーム(一枚板のデスクがあるだけ)の一辺にだけ、斬新なアート作品が置かれていた。それは絵であったり写真であったりオブジェであったり、その時々で変わるのだけれど、なにしろ他に装飾がないので、否応なく目立つんである。効果という点ではこれ以上のものはない。

 そろそろ人生も終盤戦を迎えようという年末である。あの世には何ひとつ担いでいけないわけだし、逆にそろそろヤリたいことはやっておかないと、後顧に憂いを残すやもしれない。いろんな意味でね。こう見えて私メはけっこ我慢の子(古いなあ)であるのだが、人様を頼れない身であればこそ、容赦なく切り捨てることもできよう。というわけで、来年の私メの目標は、ハコづくりへの第一歩を踏み出すことである……って、来年の今頃も同じコト言ってるような気が、今からするのであるが(^_^;)

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タカミネ繋がり

A42ad13fe6e93d68_2 世にタカミネ姓の大女優は2人いる。1人はすでに鬼籍に入られた高峰三枝子で、もう1人は高齢ながらまだ元気に過ごしておられるらしい高峰秀子である。今から10年くらい前、ヴェニスのガラス屋で妙な日本語を操るオジサンが、「コノ グラース、タカミネミエコサン ゴチュウモンデ ツクリマシタ。ミエコサント オナジ グラース」としきりに騒いでいたが、同行の女子大生3人組が「タカミネミエコ? それ誰?」と一笑に付したのには驚いた。彼女たちはたぶん、あの「フルムーン・ポスター」すら記憶にないのであろう。私メのほうは「書いてまた消す ゴハンの便り〜♪ ごはんですよ!」という、桃屋の名作CMを思い浮かべていたのだけれど(言うまでもなく「湖畔の宿」のパロディである。歌っているのは三木のり平)、考えてみればこのCMだって、若い人はもう知らないのでしょうね。

 さて、もう1人のタカミネである。最近どういうわけか、高峰秀子の自叙伝『わたしの渡世日記』を平積みにしている書店が多い。たぶん何かの仕掛けがあって復刻されたのだろうけれど、梅原龍三郎が描いた肖像画の表紙があまりに力強く美しくインパクトがあるために、他の本を押しのけて目立つのだろうと思う。高峰秀子という人には殆ど興味も関心もなかったけれど、下巻の表紙がとても気に入って買ってしまった。ついでに言うと、彼女には『私の梅原龍三郎』という著書もあって、同じ絵がやはりカラー写真で紹介されているが、紙質のせいか表紙のほうが発色がいい。現在、この絵は世田谷美術館に寄贈されているとか。ご近所ながら、なかなか足を運ぶことの少ない場所である。本物の色がどんなものか、近々確かめてみようと思っている。

 そんな小さな刺激がキッカケとなって、高峰秀子という人が書いたものを「どどぉ〜っ」と読んでしまい、さらに彼女の評伝のようなものもいくつか読んでみたのだけれど、結局のところこの人の本性というか、人物そのものを最も明らかに映し出しているのは、この絵なのではないかと思う。梅原龍三郎って、すごい画家だったんだなあ……と、これまた今さらながらに感動している。遅ればせながら。

 高峰秀子の夫君である脚本家の松山善三氏についても、私メは殆ど何の興味もなかった。ただ、どういうわけか、「初代・違いのわかる男」(ダバダ〜♪ネスカフェのCMですね)であったことを強烈に覚えている。理由はわからない。なにしろそのCMが流れていた頃の私メは、まだ正真正銘のコドモだったからである。しかし「松山善三・45歳」というナレーションも、その45歳のおじさんがコーヒーカップを顔に近付けるシーンもよく覚えている。もっと可笑しいのは、「次の違いのわかる男は、絶対に三島由紀夫だ!」と、あちこちに吹聴して回っていたらしいことである。おそらく川端康成がノーベル文学賞を受賞して、次は三島だ、なんて大人どもが騒いでいたのを小耳にはさんだのだろう。小学生のくせに(爆) 

 その善三氏だが、若き頃の助監督時代の写真を見ると、これがなかなかの美丈夫なのである。超人気女優であった奥さんと並んでも遜色がない。というより、若々しさという点では彼のほうが勝っている。邪気のない、清々しい笑顔の青年。さぞかしモテたんじゃないかと思うが、ご本人は「タカミネ一筋」であったらしい。いい話じゃありませんか。

 ところで、昭和60年に放送大学が開校したとき、松山善三・高峰秀子夫妻が広告に登場していたのをご存じの人も多いと思う。なぜこのよ〜なことを覚えているかといえば、開校したばかりの放送大学幕張キャンパスに、私メもせっせと足を運んでいたからである。でも、学生としてではない。諸般の事情により、幕張でデートしてたんである。それにしても遠かったなあ。当時の放送大学周辺は現在の幕張からは想像もつかないほど閑散としていて、JR幕張駅の周りには、それこそ何もなかった。落花生を売ってる店が一軒あったくらいかな。キャンパスも森閑としていて、怖いくらいでしたね。なんであんな所で……まあ、それについてはいずれまた(~o~)

 というわけで、タカミネ繋がりで幕張におけるアレコレを思い返していた矢先、恐るべきことに、再び幕張の先まで出かける用事ができてしまった(メッセでもスタジアムでも、もちろん大学でもありませんが)。私メは運命論者ではないけれど、どうも人というのは一定のプログラムの上を歩んでいるようである。それはともかく、久しぶりに千葉の海風に吹かれてこよう。ちょっとサブいけど、落花生でも買って((+_+))

 

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重箱の隅

31668 10月の声を聞くとともに、お歳暮商戦とおせち料理の予約受付が始まった。毎年ながらご苦労なことである。おせち料理の中には何やらとんでもない価格のものもあり、一体どこのどなたが食されるのか、お目にかかりたいものだと思ったりもする。こういうのは、食べるというより飾るものなのだろうか。なんでもどこかの地域には、「絶対に箸をつけてはならない」尾頭付きの鯛があって、それを眺めながら恭しく新年の挨拶を交わすのだとか……これも大変だなあ。そういえば西鶴かなんかに、正月飾りの肴なんぞ飾りモノに過ぎないのだからと言って、木の細工物を飾っていたというケチ長者の話があった。で、おせちといえば重箱、重箱といえば重箱の隅。例によってツマらぬアゲアシ取りである。たぶん大多数の方がご興味ないと思われるので、安心してスルーしてほしい。

その1)

 最近のエラい人、とくに政治家に多いのだが、彼らの発言によく聞かれるのが「……なのかなあと考えております」という表現である。「かな」ではなく「かなあ」。なんとなくそう思ってるんだけどね、みたいな口調。個人的な慨嘆ならともかく、政治的経済的社会的問題に関して、関係者および責任者が「…なのかなあ」というのは、いささか不謹慎ではなかろうか。とくに民主党の諸君はその傾向が大である。ちょっと前の「あなたとは違うんです」総理の口調も、常に他人事みたいで誠意が感じられなかったけれど、こちらはまた逆にカジュアルすぎて気持ちが伝わらないという類か。いずれにしても、もうちょっと考えてほしいなあ……と思っている今日この頃である。

その2)

 一日中ウチにいることの多い私メの場合、電話での勧誘は迷惑以外の何物でもない。「留守電にしておけば」と言う人もいるけれど、後ろ暗いこともないのに留守を装うのも業腹なので、一応は出ることにしている。で、気になるのが「○○様のお宅でよろしかったでしょうか?」という言い方である。傾向的に投資・不動産業界の兄ちゃん達に多いのだが、「よろしかった」という妙な過去形は、いつから始まったのでしょうか? 一発で勧誘とわかるので、とっとと切ることにしているが、これに比べたら、「○○様でございますか?」という明らかな間違いのほうが、まだ耳に触らないような気がする。それにしても、いい若い者にこのよ~な勧誘をさせる企業に、いったい未来はあるのだろうか(ー_ー)!!

その3)

 某保険会社のCMである。保険のCMというのはなぜか人を馬鹿にしたものが多いのだが、昼間の時間帯にしきりと流れているヤツは、いささか度が過ぎている。中でもバカバカしいのが、オペレーターとお客(カモ)とのやりとりを実演化したもの。テレビショッピングじゃないんだから……という意味を強調するゆえか、保険内容の説明がさんざん行われたあげく、オペレーターと定年間近の男性との間に以下のようなセリフが展開されるのである。

「……でも、いまは決められないなあ」

「大丈夫ですよ。プランをご郵送しますので、自宅でゆっくりご検討ください」

「ありがとう 妻とも相談できるね」

「仲がおよろしんですね(笑)」

 べつに、このセリフそのものが悪いとかイイとか言っているのではない。私メの懸念は、このよ~な大きなお世話的コミュニケーションが一種の「お手本」としてオペレーター諸嬢へのマニュアルになっているのだろうかということである。それとも現代社会においては、このよ~な会話も一種の「癒し」として認知されているのであろうか。孤独なオジサン・オバサン・ご老人にとっては、若い子としゃべれて楽しい時間なのかも(+_+)。そう考えると、オペレーターというのも実に大変な職業である。イライラすることも多いだろうになあ。どのへんで彼女・彼の声がとげとげしくなってくるものか一度電話して実験してみようかと思うのだけれど、後々しつこく「勧誘」されても困るので、まだ実行していない……などと考えている段階で、すでに私メはもう保険会社の術中に嵌っているのであろうか(~o~)

 ……と、ここまで書いて思うのだが、私ってつくづく暇人である。だって出かけてしまえば、いずれの重箱の蓋も開けなくて済むのだからね。要するに、反省すべきは自分自身のデブ症なのでありましたとさ(~o~)

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